雑記

認定理学療法士制度は諸刃の剣!?国の思惑は!?

を読んでの感想

ここに教会と国がやろうとしている事が記されています。

今回は理学療法士教会と国の思惑、狙いがどこにあるのか記したいと思います。

理学療法士教会の狙い

理学療法士教会の狙いは

ずばり、

「理学療法士の社会的地位の向上」です。

理学療法士は「理学療法士及び作業療法士法」という法律の下働いています。

1965年に制定されたので、日本では50年余りの歴史しかない比較的新しい資格です。

今でこそ理学療法士という名称は知られるようになりましたが、一昔前は社会的にもあまり知られていない資格だったようです。

しかし、今では20万人に迫る勢いで数が増えています。

教会としては教会の人数が増えていくことで国に対する発言力が増しますし、現に理学療法士の方が国会議員になり、日々理学療法士の地位向上に向けて動いています。

更に、教会は理学療法士の地位向上の為に、「認定理学療法士制度」を開始しました。

ちょうど看護師の「認定看護師」と同じ様な制度ですね。

これは国に「理学療法士も数が増えてきましたよ。また、数が増えただけではなく、認定制度を設けて質の向上に努めていますよ。」

というアピールなんです。

そして、この認定制度を理由に実質的な診療報酬のアップを要求しています。

もちろん、認定理学療法士を取得しているセラピストに限ってですけどね。

半田会長:今、協会として何をしようとしているかというと、認定・専門をとるために何らかの努力をしている人たちを、診療報酬の形としてメリットをつけましょうよ、という交渉をしています。これは例えですが、簡単に説明すると、脳血管疾患は今200点です。それに対して、脳血管疾患の特別な勉強を行なって、ライセンスを取得した場合、210点。その逆に、それを持っていない人たちが行うと、190。トータルの診療報酬で考えると今までと一緒ですよ、と。

一見素晴らしい事だと思いませんか?認定理学療法士を取得する事で職場の売り上げに貢献できるかも知れないのです。

しかし、このアピールは果たして正しいアピールなのでしょうか?

国の狙いは?

教会としては教会の加入人数や認定理学療法士制度を背景に、国に対して理学療法士の地位向上を働きかけたいのですが、国の思惑はどうでしょう?

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算定条件締め付けに繋がる

国としては

医療費の削減に努めたいのです。

例えば、より高い疾患別リハビリテーション料を算定する要件として、

“その疾患領域に相当する知識・技術を有した専門職(認定理学療法士等)が〇名配置されていること”

と記載されたとしましょう。

たったその1文で、

認定理学療法士を取得していない事で疾患別リハの算定料が実質的な減算をされてしまうのです。

現状での会員の認定理学療法士の取得状況をみれば、どうなるかは火を見るより明らかです。

セラピスト間で格差が生まれる

では、もう1度上の記事を見てみましょう。

半田会長:今、協会として何をしようとしているかというと、認定・専門をとるために何らかの努力をしている人たちを、診療報酬の形としてメリットをつけましょうよ、という交渉をしています

あくまで診療報酬の形でですよ。

診療報酬の形でメリット=我々の給料に還元される訳ではないのです。

雇う側の人間からすると、認定を持っていない=金にならないとなる訳です。

今後生涯学習の制度が変わり、認定を取得するまで最低でも7年かかる訳ですから、経験が少ないセラピストや、これからセラピストになるという方と今現在セラピストで従事している方との賃金の格差は、より広がると思います。

果たしてこの流れが我々に対するメリットになり得るのか甚だ疑問です。

まさに「競争社会

まあネットの記事から会長の発言のアラを探す様になりましたが、悪いことばかりではありません。

私はよく県外の講習会に参加する事がありますが、よく「意識高いねー。」言われます。

別に意識高いつもりはないのですが、行きたい講習会が県外でしかない為仕方なく参加している状況です。

しかし、これからは「意識高く」仕事しないと生き残れなくなるのです。

これまでよりも講習会に参加する事が当たり前になってきます。

年功序列で、講習会には参加しない、経験年数だけ多い、無駄に発言力のあるセラピストが職場から淘汰される時代がやって来たのです。

先に述べた通り、国と教会の思惑はわずかにすれ違っていますが、

「向上心のない理学療法士は淘汰されるべき」

これは教会・国共に一致する思惑なのかもしれません。